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我が故郷ウィスコンシン その30 忘れられない人(1)

2010年07月13日 テーマ:お知らせ,校長ブログ

誰にとってもそうですが、友達とか知人は一生の宝もののような存在です。大勢の人に囲まれてウィスコンシンでの生活を苦しくも、また楽しく過ごすことができました。その中で忘れられない人を紹介することにします。

ウィスコンシン大学で研究できたのは、なんとっても国際ロータリー財団から奨学金をいただいたからです。そのきっかけをつくってくださったのは、今も那覇東ロータリークラブで活躍される国吉昇氏です。マジソンにいきますと、早速ロータリークラブの会員がホストとして待っておられました。お一人は、デビッド・ギルボー氏(Dr. David Gilboe)というウィスコンシン大学医学部の教授でした。専攻は循環器系統。ホストといっても特に研究上の助言をするのではなく、私生活や家族を心配してくださるのです。時折、食事に招いてくださり、わたしも先生の研究室を訪ねては研究の進捗を報告したものでした。昨年、アフリカのケープタウンの国際学会に出席中、心臓麻痺で急死されました。奥様が同行されていてそのときの様子を詳しくお話してくださいました。倒れられて運ばれた病院はクリスチャンバーナード病院(Christian Barnard Memorial Hospital)だったそうです。世界で始めて心臓移植手術をした医師の名前がつけられています。

もうお一人も医師です。ロバート・ジェイコブ氏(Dr. Robert Jacob)といいます。この方は今もミルオーキーの近くで整形外科医師としておられます。熱心なユダヤ教の信者でもあります。何度もお家に招いてくれました。私が家族ともルーテル教会の会員であることをご存知でしたが、ユダヤ教のシナゴーグにも案内してくれました。シナゴーグに入るとき、ヤマカという小さなキャップをかぶります。そこでの聖書勉強会に参加させてもらいました。Dr. Jacobは地域のロータリークラブの活動にも大層熱心で、奨学生をたびたび招いては、もてなしてくれました。また、中南米への医療派遣団にも加わり活動していました。その当時、奥様は小学校の音楽の先生で、わたしが日本の小学校で歌われる輪唱やゲームで使う歌をお教えしたものです。

いうまでもなくユダヤ系アメリカ人の絆は極めて強く深いといわれています。旧約聖書の時代から世界中に散らされた民であったからです。ジェイコブ家は、イスラエルのためにも献金を含めて多くの奉仕活動をしています。シナゴーグの中で哀愁を帯びた歌や音楽をきくと心が落ち着きます。

ロータリー財団の奨学金を頂戴したお陰で、いろいろな人々からご親切を受け、今の自分や家族があることの幸いをかみしめております。シャローム!

                                                            Star of David    StarofDavid.png

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