アメリカは移民で構成される多民族国家です。いろいろな職業の人が各地から大陸にやってきました。音楽家もそうです。アントニン・ドヴォルザークもその一人です。かれはチェコスロバキア人で、アメリカでの滞在は1892年から1895年といわれています。当時、チェコスロバキアはボヘミアと呼ばれ、現在はチェコとスロバキアに分割されています。
私がドヴォルザークの音楽に触れたのは、小学校で「家路」という唱歌を歌ったときです。この曲が彼の交響曲第9番「新世界より」の第2楽章であることを知ったのは大分後のことです。アメリカ滞在中に故郷のボヘミアを偲んで作ったといわれます。タイトルと歌詞のせいでしょうか、今でも学校の終わりや百貨店などの閉店を知らせる哀愁に満ちたメロディーとしても流れていますね。
アメリカでもドヴォルザークは有名です。ネイティブ・アメリカンの音楽や黒人霊歌を自らの音楽に取り込んで作曲しています。スラブ民謡のモチーフを取り入れて、伝統的なオーケストラの様式に織り込んだ曲がアメリカの人々に受けたようです。管弦楽曲「スラブ舞曲」とか弦楽四重奏曲の「アメリカ」も特に人気があります。
スメタナなどと共にチェコ国民楽派を代表する作曲家であり、音楽の歴史では後期ロマン派を代表する作曲家といわれるドヴォルザーク。クラシック音楽史上で最も人気のある作曲家の一人として外国でも日本でも親しまれています。それは「新世界より」のお陰といってよいでしょう。わたしたちの情感の波長に合うのが「家路」です。
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