今、わらわれの足元で起きている現象、そして今のまま為政者や
世のリーダー達が無為無策を続けたとするとこれから起こるであろ
う事柄を予測すると驚くべきことが浮かび上がってきます。
・高齢化、とは65歳以上の人口が7%以上になることを言いますが、
わが国では1974年にはすでに高齢化社会を迎えている。
・高齢、とは65歳以上の人口が14%以上になることを言いますが、
わが国では1990年には「高齢社会」に入っている。
・2010年現在おそらくは65歳以上の人口は20%を越えており、
このままのペースでいけば2025年には33%前後に達していると
思われる。
⇒私が65歳を迎えているとき、日本の人口の3分の1は高齢者で
あり、私もその一員であるという事実には驚愕を覚えます。
・2060年には、日本の人口は9000万人にまで減る。
・2090年代には、5000万人を切る。かもしれない。
マルサスの『人口論』でもこれほどの事態は想定されていないの
ではないかと思います。
これらの予測を前にすると、日本全体が限界集落化しつつあるの
かもしれない、と思うことがあります。
都会はあふれて、田舎は足りない。
とは、カメオロメンの歌の歌詞にたしかあった言葉ですが、
都会も田舎も足りない状況になりかねません。
しかし、冷静になって考えることにします。
日本の歴史で人口が減ったのは、今に始まったことではなく、
縄文後半、平安から鎌倉、江戸中期・後期にありました。
人口減少化の時代には一様に、文明の成熟化が起きていた
といわれます。縄文後期は高度な狩猟技術に裏付けられた
社会。
平安時代には『源氏物語』などの国風文化の爛熟が起こり
ました。
江戸中期から後期は、町民文化、商人文化の成熟があり
ました。
ハードからソフトへ。男性主導の文化から女性も参画した文化
へ進む時代が人口減少化社会の特徴です。
但し、高齢比率の、歴史的な上昇。この一点が過去の歴史に
ない点です。
文明成熟の担い手も高齢者にかかっているとすれば、
今の40代、50代は心身ともに若さを保ち続け、アグレッシブで
なければいけません。
奪い合う社会ではなく、分かち合える社会、一緒に創り出す社会。
それが今後の社会の像ではないでしょうか。
そう考えると、日本社会のさまざまな組織は農村から出発した
ものだった気がします。
会社とは、神社の"社(やしろ)"に集まる集団。班活動に表わさ
れる小集団活動。
リーダーとは徳を持つ人がかつがれる社会。
皆が助け合える社会が文明の成熟化なのかもしれません。
やや大げさに言うならば、日本の資本主義は、農村から始まり、
また農村に還っていくのではないか、私にはそう思えてしようが
ないのです。
都市と農村の交流は時代の必然だと思えるのです。
参照:「人口から読む日本の歴史」(鬼頭宏・著)











